サッカーチームに見る哲学
こんにちは、PDR米澤です。
今回はサッカーチームに見る哲学について書きたいと思います。
先日、スペインでバルセロナ対レアル・マドリードの試合がありました。両チームはスペインで1,2を争うサッカークラブで、因縁のライバルです。世界選抜と言っていいほど、世界の超トッププレーヤーが揃う一戦はEl Clasico(伝統の一戦)と呼ばれ、ホーム&アウェーで年に2回行われる対戦を世界中のサッカーファンが毎年楽しみにしています。
今回の対戦ではホームチームのバルセロナが5対0という記録的なスコアで勝利し、内容でも結果でも圧倒しましたが、選手個々の能力差はほとんど無かったと思います。なぜ、個々の力に差が無いのに、これほどスコアに差がついてしまったのか?私は両クラブの哲学の差がそのままスコアになったと考えました。
バルセロナは「育成」をチーム作りの軸としています。レアル・マドリードがチームの中心に、移籍で獲得した選手を置くのに対して、バルセロナは世界各地に散らばったスカウトが世界中の才能を見つけ、少年代から切磋琢磨させ、育てた選手をチームの中心にしています。極端な例えをするなら、ヘッドハントでエリートをかき集めた会社と、小中高の一貫教育で育てあげた人材が揃っている会社のようなものでしょうか。
これが、なぜ差になるかと言うと、育成で集めた選手を中心にした方が、個々の力が掛け算になりやすいからです。サッカーというのは面白いもので、個人能力の高い選手を集めれば勝てる(足し算の発想)という訳でなく、個々の力を組み合わせたトータルのチーム力(掛け算の発想)で勝敗が決まります。
バルセロナに所属する、国際サッカー連盟選出による世界最優秀選手Messiも13歳からバルセロナの下部組織で鍛えられ、仲間やバルセロナというチームを理解しているので、自分の力を仲間の力と掛け合わせて倍増させる事ができるのです。人と人が掛け算の関係になるには、お互いを知る時間、組織を理解する時間が必要という事ですね。
ただ、いちがいに「育成」と言っても、行なうは難し。他に同じ事ができているチームは世界でもわずかなのです…