それでもスキーが好き 2014年03月05日
もうすぐ冬も終わり、春になりますが、ウィンタースポーツネタを制作の竹内がお届けします。
二十数年も前の話ですが、スキー全盛期、ゲレンデが大変込みあっていることを嫌った私は仲間たちと別れてひとりコブコブの急斜面に。
ゲレンデ中央には大きな木があり、そのゲレンデの象徴となっています。
コブで弾き飛ばされた私はバランスを失い、その大きな木に衝突しました。
胸を強打し、口の中は切れて血を吐いてしまった私はしばらく動けずにいました。
しばらくすると若い女性がボーゲンで通り過ぎたのですが、私を見た途端「きゃ~」と叫びながら逃げていきます。きっと私が死んでいると思ったのでしょうね。
1時間ほどその場で横たわっていたらやっと動けるようになり、自力で滑走し、皆と合流。経緯を話すとすぐに病院に連れていかれて診察を受けました。結果肋骨にヒビが入っており、その日のスキーは中止になり、皆で帰ってきました。
そして数年前、PDRのメンバーとスキーに行きました。
朝の1本目で急斜面を滑っているとビンディング(スキーと靴を止める装置)が壊れ、自身の板のエッジで膝を切ってしまいました。
ビンディングが壊れてしまったことで、その日はもう滑れないと覚悟した私は後輩社員のOに状況を伝えました。Oは「あっそうですか、じゃあ」と軽く答えゲレンデに消えて行きました。その後、足の痛みが思いのほか強いことに気がついた私がパトロール室に行ってみると、膝はパックリ割れて骨?軟骨?が見えています。
隊員の方が「すぐに病院で縫ってもらってください」と言うので私は同僚社員のKに状況を伝えると、
Kも「あっそう、そんでいつ帰ってくるの?昼までには帰ってくるよね?」
意外な返答に驚きました。
私は負傷した足で車を運転し、ひとり病院で縫合を受けました。
先生との会話
先生「付添いの人は?」
私 「いません…」
先生「ひとりで来たの?」
私「いえ、仲間数人と」
先生「ひとりで車運転してきたの?」
私「はい」
先生「かわいそうに…」
私「はい」
なんだかさみしくて、単語で先生と会話する私でした。
年を重ねると心配のされ方も変わるものだな~と思ったのを記憶しています。
(一緒に行ったPDRメンバーが冷たかっただけか?)
この話ですが、証拠があるのです。
名古屋の地元テレビ局、中部日本放送(CBC)の「イッポウ」という夕方の情報番組の「人気ゲレンデパトロール隊24時」というコーナーで、私が初期治療を救急隊に受けているところが放送されました。
リポーターの最後の言葉は、「彼はそのあと一人で病院に向かった」。
情報は正しく伝えられていました。
詳しく見る
羽生くん!羽生くん!!羽生くん!!! 2014年03月01日
羽生くんおめでとう~~❤❤❤
こんにちは、本日のブログは歯ブラシ担当の櫻井がお送りします。
昨年末のブログにも書きましたが、私は羽生結弦くんが大好きです。
ソチ五輪中は大フィーバーでした。
史上初の100点台をたたきだしたショートプログラム。
転倒はあったものの高難度のプログラムゆえに首位をキープしたフリー。
そんな五輪も良かったですが、私にとって最も印象深い滑りは、2012年3月の世界選手権のフリーです。
胸がぎゅう~~っと苦しくなりました。
2012年3月世界選手権、羽生くんはショートプログラム7位で発進します。
誰もメダルの期待なんてしてません。
「これからが楽しみな新星」くらいにしか思っていません。
ところが彼のフリーは・・・素晴らしかったんです。
高く安定したジャンプ、力強いステップ、女子のようにしなやかなスピン。
しかし驚かされたのは技術だけではありません。
表現力・・・でさえありません。
気迫です。
スタートから完璧に舞っていたのですが、後半、彼は何でもないところで転びます。
ジャンプ転倒ではなく、ヘトヘトになって足がもつれての転倒でした。
既に会場全体が彼に惹きこまれていたために、そこで沸き上がったのは大きな拍手。
「がんばれ、みんな味方だ!」と。
羽生くんはすぐに立ちあがって滑り出し、その直後に連続ジャンプを華麗にきめます。
強い子だ、転倒してもまったく心が折れない。
・・・と思って観ていたのですが、途中で考えが変わりました。
「この子、転んだ事に気づいてないんじゃないかな?」
何かが憑いているように見えます。
目がイッちゃってるんです。全力などとっくに超えています。
一体、アナタは何をそこまで・・・・・・?
世界最高峰の選手でも、金メダルがかかった演技でも、ここまでの気迫を感じる事は稀です。
羽生くん、アナタはその細い肩に、一体なにを背負っているの?
この後、彼が仙台の子だと知りました。
あの大地震は彼の生活にも練習にも影を落とし、スケートを続ける事さえ難しかった事。
全国のリンクをまわって、ショーに出演する事で練習の代わりにしていた事。
その間にとてもたくさんの人に助けられた事。
「スケートができるのは、本当にありがたい事なんです」
・・・そうか、アナタはそんなに大きなものを背負っていたのか。
そんなに大きなものに支えられていたのか。
2012年3月の世界選手権を観た時、羽生君のそんな背景は知りませんでした。
それでも、涙が止まりませんでした。
そーゆー演技は存在するんです。背景を知らない人にも、何かを訴えてくる演技が。
今でも、この時の演技を観ると涙が流れます。
五輪の滑りの方が高レベルだけど、この時にはこの時にしか出来ない滑りがあったんです。
インターネットで動画検索すれば出てくるので、よかったら観てみてください。
詳しく見る
2014年2月号Vol.20 2014年02月28日
こんにちは、サクライです。PDR新聞の2月号にも載りましたが、先日、旅先のタイで笛を売ってきました。
ある日の夕方、露店が並ぶ通りを散策していて、民族楽器(笛)を売っているお店に目が留まったんです。「買わなくてもいいからやってごらん」と売り子のオバサンに笛を渡されましたが、私が吹いても音が出ません。「違うわょー、こうょー」オバサンが教えてくれます。・・・あっ、ちょっと出た!少し面白くなってきたぞ。
私は腰を据えて練習を始めます(買ってもいないのに)。ぴっ・・・ぴ、ぴー。ぴぃいー!!
私がずっと吹いていたら観光客が足を止めて、「ハウマッチ?」と尋ねてきました。オ、オバサン、お客様だよ!価格交渉はプロにバトンタッチ・・・売れました。「ありがとう、アナタは看板娘ねぇ」 えへへ、褒められた♪
その後も度々こういう事が起こります。その間にオバサンの価格交渉を観察して、楽器ごとの最初の言い値と、落とし所の価格を覚えました。 ―よし、価格交渉、私もやってみましょう。
また観光客が足をとめます。笑顔でアイコンタクト、近づいてきたら軽く演奏、楽器を手渡して吹かせてあげます。
「いくら?」「450バーツ」「高いなぁ」「いくらなら買う?」「いくらにしてくれる?」・・・なんてやり取りを繰り返し、300バーツでお買い上げいただきました。やったぁ! やがてオバサンは私に電卓を預けて、自分は本を読んだり他所に出かけたりし始めます。留守をしっかり守らなければ。
「何か吹いて」とリクエストしてくる人もいて、すごく緊張します。
さっきまで音が出たのに、全然出なくなったりします。
「音出ないじゃん」「いやっ、私が下手なだけで、ちゃんと出るんですよ!」―お客様を逃しました。オバサンごめん・・・。
私の写真を撮りたいと言う人もいます。いいけど・・・君が撮りたいのはタイの売り子でしょう。私は日本の旅行者だよ。
説明するのも面倒なので、そのままオッケーして写真を撮られます。
カタコトのタイ語で「もっと安くして」と言う人もいます。私タイ人じゃないし~なんて言ってガッカリさせたくないので、「タイ語で言われちゃ仕方ないなぁ」と笑って値下げします。
「キミはタイ人じゃないよね?」と聞いてくる人もいます。正直に日本人と答えます。「なんで日本人がここで笛売ってるの?」な、なりゆきで・・・。
結局、4時間お店にいました。手伝っていたのか邪魔していたのか分かりませんが、オバサンは「またおいで。毎晩ここにいるから」と言ってくれたので、そんなに迷惑ではなかったんだろうと思います。4時間吹きまくった笛は150バーツで購入しました。もう十分吹いたので正直それほど欲しくもなかったけど、楽しませていただいたので、そのお礼です。
とっても面白い夜でした。オバサン、旅行者、近くの露店商人達との触れ合いも楽しかったけど、なによりモノを売るという行為そのものが楽しかったです。私はその時バケーション真っ最中で仕事とは正反対の位置にいたわけですが、店番はどんな観光とも違う面白さがありました。
よし、私も楽しい歯ブラシ売りに戻ろーっと・・・と思って帰ってきました。
詳しく見る
はじめまして。新入社員の趙航です。 2014年02月19日
はじめまして。去年9月入社した趙航(ちょうこう)です。これから頑張って良い商品を開発し、お届けしたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
私は中国で生まれ、高校を卒業してから日本に来ました。日本の食べ物で何が一番好きか、とよく聞かれますが、脂が程良くのっているぶりの刺身も、心と体がほっとするおみそ汁も、大きい海老天がのっているお蕎麦も大好きです。しかし日本の食べ物で一番印象に残っているのは、中学校の時、ボランティアで私に日本語を教えてくださった先生が作ったカレーです。
先生が学校に来た時はすでに80代のご高齢で、私たちにとっては「先生」というより、「子供が大好きなおばあちゃん」が来たという感じでした。先生に「こんにちは」を教えていただき、「春が来た」の歌を教えていただき、そして先生の作ったカレーが何よりもおいしかったです。
今考えると、40人分のカレーを一度に作るのは相当大変だったと思います。何十個ものジャガイモの皮を剥くだけでも相当時間がかかったでしょう。そして大きい鍋もなかったでしょうから、何回かに分けて煮込んだかもしれません。当時食べたときは単純においしい、おいしいと思っただけですが、数年後自分が留学して自炊するようになると、クラス全員分のカレーを作る大変さを初めて意識しました。先生のおいしいカレーも印象に残りましたし、カレーに込められた優しい気持ちは、その味以上に私に感動を与えてくれました。
そして今日本で一人暮らしをしていて、私も良くカレーを作っています。先生が作ったのと同じように、隠し味に牛乳を入れたまろやかな味です。先生ありがとうー
詳しく見る
どう(銅)でしょ!? 2014年02月12日
こんにちは。本日のブログは棚橋がお届けします。
先日ソチオリンピックが開幕しました。
モーグルの上村愛子選手には何が何でもメダルを取って欲しい。
そんな気持ちで先日未明テレビの前で1人応援していました。
準決勝で6位に残り決勝進出が決まった瞬間、興奮しすぎで1人ガッツポーズ!
決勝、最後の1人を残して第3位。
そして、決勝最後の選手が滑り終わった瞬間、モーグルのことを全く知らないド素人ですが、再びガッツポーズ!
メダルを確信!
しかし、結果は第4位…
えっ!最終滑走者は明らかにバランスを崩したし、タイムも上村選手より遅いじゃん。
まったくもって納得いかないジャッジ!
採点競技って、こういうのがあるからいやだなーと、何とも納得のいかない気持ち。
あのジャッジはどうでしょ?
誰もが銅メダルは上村選手だと思ったはず。
やっぱスポーツって、誰にでも単純明快に勝敗がわかるものがいいですね!
そんなことを思いながら、週末は誰にでも勝敗がわかるサッカーをしてきます。
でも、やっぱあれは誰がどうみても銅でしょ!
詳しく見る
はじめてのおつかい 2014年02月10日
制作の竹内がお届けいたします。
2014年ももうすでに1ケ月が経過しました。
早いものです。
正月にはテレビで数々の特別番組が放送されますが、私「はじめてのおつかい」が好きです。
あの番組を見て思い出すのは、今から40年位前の私の初めてのお使い。
近所のよろず屋に、醤油を買いに使いに出された私。
当時ポリ容器等は無く、液物は1800mlの一升瓶しかありませんでした。
買い物を済ませ、一升瓶を抱えて自宅への坂道を登る途中、手を滑らせ一升瓶を落としてしまったんです。
むろん、一升瓶は割れ、中の醤油は全て無くなってしまいました。
小さな私はこぼれた醤油を上着に含ませ、急いで自宅に帰り母親に事の全てを伝えました。
母親は「ごめんね、ごめんね」と言いながら私を抱き寄せてくれました。
私も「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら母親にしがみつきました。
その後、二人で割れた一升瓶のカケラを掃除しに行きました。
母親は「しばらくここは醤油のいいにおいがするね」と言っていました。
今でも通るたびに醤油の匂いがするように思えるその場所を、私は勝手に「醤油坂」と名付けました。醤油坂を通るたびに家で待っている母親を思い出します。
現在、実家に顔を出すと、足と耳が悪くなった母親と、職人肌気質の無愛想な父親が40年前と変わらぬ感じで私を迎えてくれます。
そっけなく「ただいま」と言うだけの自分をいつも帰る時に反省します。ごめんなさい。
詳しく見る
PDRの新年会 2014年02月05日
こんにちは。PDRグローブ担当の小野です。
1月19日に、PDRの新年会がありました。従業員やその家族、内定者、外部専門職のみなさまに参加いただき、総勢70名近くの盛大な会になりました。
今回僕は総合プロデューサー竹内にひっぱられ、幹事チームの一員に加えてもらいました。
PDRの飲み会は「とにかく楽しむ!」がモットー。参加者の皆さんが楽しめるように、余興の準備は念入りに行いました。その中の一部を紹介します。
余興1:じゃんけん汽車ぽっぽ・・・からの乾杯!
みなさん子供の頃に一度はやったことあると思います。隣の人とじゃんけんをして、負けた人は勝った人の後ろについていくのを繰り返し、最後に列の先頭になった人(勝ち続けた人)が優勝というゲームです。勝負の中盤、司会者から発表された「優勝者には乾杯のあいさつをしてもらいます!」の一言で、一気に場が温まりました。優勝者はお客様から注文を受けるコミュニケーションセンターの井上さんのお子さんでした。
余興2:PDRイケメンコンテスト
社内の一部で長年繰り広げられてきた議論(?)「誰がPDRで一番かっこいいか」に白黒つけようというイベントです。
社内きってのイケメン(立候補)、芳野、棚橋、小野がステージにあがり自己アピール。
結果は・・・優勝させていただきました!皆さん投票ありがとうございます!
ちなみに3人がしているサングラスや眼鏡は私物です。
ただイジられただけ、という声も・・・いえいえ、優勝には変わりありません。
余興3:動画上映
動画編集ソフトで作った動画を上映しました。総合プロデューサーでもある竹内の力作です。
竹内はこれまでも新入社員歓迎会などで社内の皆からのメッセージビデオを加工したムービーを作っていて、回を追うごとにクオリティが高くなっていきます。
今回は、皆さんご存知のニュース番組をモチーフにしたムービー。従業員が年末年始に訪れた場所でリポート行い、それをつないでニュース形式でお知らせしていくというもの。途中にCMや緊急中継まではさむという手の込みようで、まるで本当にテレビを見ているかのようでした。
フィナーレは全員で集合写真!
皆の楽しそうな様子が伝わるでしょうか?
和服、チャイナドレス、蝶ネクタイなどなど、工夫を凝らしたおしゃれをしてきてくれた方、
お子さんやお孫さんと一緒に来てくれた方、
久しぶりにお越しくださった方、
遠方からお越しくださった方、
おいしい料理ときめ細かいサポートを提供してくださったホテルスタッフの方・・・
皆さまのおかげでとっても楽しい会になりました。ありがとうございました!
来年もまたこんな新年会があるといいなあ~。
皆さんはどんな年末年始をお過ごしになりましたか?
今年も皆様にとって良い年になるようにお祈りしています。
PS:盛り上がる余興のアイデア募集中!いつでもお待ちしています!by総合プロデューサー竹内
詳しく見る
運動不足 2014年01月30日
こんにちは。コミュニケーションセンターの芳野です。
前回のブログでは「健康第一」と書きました。今回はまず運動をと「思った」話。
せっかくの季節なので冬はスノーボードに行こうかと思いました。
もう30歳も近いので今更飛んだり跳ねたりはしないつもりですが、いざ行くと「ちょっとなら良いかな」と思ってしまう事はあります。それで(だいぶ前のブログに書きましたが、)怪我をしてしまったりして結局「運動」では無く「療養」になってしまいます。
(というか最近は会社の同僚から「おまえはもうスノボはやめておけ!」と言われるようになりなかなか踏ん切りがつかず行けていません。)
趣味のスノボでもそうなので、そのほかの運動ではなおのこと、筋肉痛や関節痛になってしまい、長続きせず、そうかと言って軽い運動だとなかなか達成感が出ないので続かず、、、
と、考えてみると典型的な運動不足の人の思考になってしまっていました。
運動しないと「うつ」等の精神的な病気にもかかりやすくなると聞くので半分仕事と思って取り組もうかな、と思っていますが…
うーんいつから何をやろう…。悩み中です。
詳しく見る
2014年1月号Vol.19 2014年01月30日
こんにちは、サクライです。突然ですが、世の中にはいろんな人がいます。
ボケた人のことを『天然』と言いますが、どうして『天然』なんでしょう。調べてみると・・・「人口でないもの。自然と同義。転じて、生まれつき備わったもの」だそうです。なるほど。
芸人さんの計算されたボケや、女子が可愛く見せようとして演じるオトボケとは違うって事ですね。
さて、『天然』と言うと真っ先に浮かんでくる女性がいます。名前も知らない人ですが、私が人生26年間に出会った人の中で、最も天然な人です。今月は彼女の話をしましょう。
私が中学生の時の話です。とある北海道の旅館で、私は妹と温泉に入っていました。他に、若いお姉さんの2人連れと白人の方が1人いました。やがて外人さんは脱衣所に出て行ったのですが、しばらくして慌てて戻ってきます。“Would you come here for a moment ? I need your help !(ちょっと来てもらえますか?助けてください!)”どうも困っている様子。湯につかっていた私たち4人はゾロゾロと脱衣所に出ていきます。
そこで外人さんが必死に説明するには、彼女の下着や浴衣が一式ないとの事。脱衣所には、5人分の下着と浴衣が、それぞれ籠に入っています。呼び出された4人は、自分の籠を指さしながら所有権を主張します。
“It’s mine.”“It’s mine.”“It’s mine.”“コレ、ワタシノデェス!”・・・
最後にカタコトの日本語で話したのは私の妹です。
身元の分かっている4籠+もう1籠あります。これが外人さんのじゃないの?―違うの。
私たちは、その籠の中身を取り出しました。旅館の浴衣が1着と、過激な黒下着が上下揃いで1着。セクシーだ・・・。コレ、ダレノ? 下着を見つめて呆然とする5人。もちろん全裸。
さて、さも自分には関係ないかのようにドライヤーで髪を乾かしていたお姉さんが(既に浴衣を着こんでいる)、スーッと脇を通って出て行こうとしました。そこで外人さんがムンッと掴んで、“Yours?!”下着を目の前に突き出します。何を言われたのか分からなかったのか、お姉さんは首をかしげて無言。「アナタのですか?」私が日本語に訳します。「え?・・・あ、私の」
はぁ――――――?!マジすかっ?!下着まちがえたんですかっ??!!
肌に直接触れている下着って、とても自分に馴染んだものではないですか?まして女性の下着です。男性のトランクスとは違います。胸とお尻にピッタリくっついて、持ち主の体を覚えている生地です。他人のを着たら、絶対わかります。
特に恐縮もせず、お姉さんは淡々と帯をほどき、浴衣を脱いで、ブラとショーツを取って、外人さんに手渡していました。
外人さん顔にタテ線。
きっと思い出深い日本旅行になったでしょう・・・(苦笑)。
こぼれ話・・・。
その後、すっかり冷えてしまった体を温めるため、最初の4人は湯に戻りました。私と妹は「さぁ笑ってやろう」と思っていたのですが・・・お姉さんの2人連れは、湯に戻ったとたんに「でね、その時彼がね・・・」
えぇ―?!今の事件ちっとも話題にならないの?
かなりビックリ事件だったと思うんですけど・・・。
詳しく見る
南国は甘くなかった 2014年01月28日
こんにちは!
カスタマーサービスの張です。
今年も明けて1ヶ月が経とうとしてます。
お正月はみなさんどこかへ出かけましたか?
私は、「芸能人みたいに、お正月は海外で過ごしたい!」と思い、バリ島に行ってきました!
常夏の南国バリ島は、景色も人も料理も素晴らしかったです。
海ではマリンスポーツを楽しみ、山では夕日と共に伝統の「ケッチャダンス」を鑑賞しました。
言葉はわからなかったのですが、何とも言えない迫力でした。
奮発した3時間半のエステコースも大満足でした。
どこに行ってもバリ島の方は優しく、日本語を話せる方も多かったです。
のんびり楽しい時間を過ごし、バリ島満喫の旅が終わろうとする頃、私の体に異変が起こりました。
お腹を壊したわけでも、熱を出したわけでもありません。
南国の強力な「蚊」にやられたのです。
体に赤い点がだんだんと増えていき、気付いたら両脚だけで40か所以上刺されてました。 かゆみも止まらず、1つ1つの痕も徐々に大きくなっていきました。
虫さされを持っていなかった私は現地で薬を買ったのですが、全く効かず・・・。
たまたまエステ行った際、エステティシャンのおばちゃんに「蚊に刺されてかゆい!」と話したところ
「キンカンあるで!」(関西風)
バリでもキンカンは有名なのか?!と思ったらそうではなく、おばちゃんが日本人の友達からもらったとのことでした。
お借りして塗ったところ、すぐにかゆみが収まりました。
恐るべしキンカン!!とひたすら感動。
そして、周りを見渡したところ日本の蚊取り線香がいたるところにありました。
日本の蚊取り線香は、バリ島だけでなく東南アジア全域で広く使われているんだそうです。
日本の製品が世界で通用していることを身をもって感じることができました。
バリ島でたっぷり癒されたので、今年も一年頑張りたいと思います。
そして自分も世界でなにかひとつ通用するものが見つけられたらいいなあ…と思いました。
詳しく見る