私の憧れの生き方
こんにちは!コミュニケーションセンターの張です。
今日は先日放送が終わったばかりのドラマ「天皇の料理番」で感動したシーンについてお話しします。
あらすじを簡単にまとめると、宮内省大膳職司厨長(料理長)を務めた秋山徳蔵さんが青年期から主厨長になるまでを描いた作品。
片田舎の、手がつけられなかったほどの問題児が、ひょんなことから料理に出会って一生を捧げた話です。
最初から最後まで全話を観て、いくつも感動的なシーンがありました。
その中でも考えさせられたのが、最終話の主人公のセリフです。
第二次世界大戦後。日本が敗戦国となり、天皇が軍事裁判にかけられるかもしれない中、料理人の秋山徳蔵さんは自分のできる事を必死で探していました。なんとかGHQの情に訴えようとする彼の行動を理解できず、アメリカに媚びている、と周囲に責められたときの秋山さんのセリフです。
「ワシは片田舎の厄介者でした。これまでやってこれたのは、支えてくれた人が沢山おったからです。父や兄や母や嫁や師匠や友人。ワシは皆に夢を叶えさせて貰ったようなもんです。ワシは夢を叶えさせてもらったからには、夢を叶え続ける責任があると思います。」
「その人ら(家族)に恥ずかしくないように、務めたいと思いませんか?やれることはやったと、精一杯の真心を尽くしたと言いたいと思いませんか?」と。
ドラマのストーリーについて感動したのはもちろんですが、なにより彼の仕事に対する真摯な思いに感銘を受けました。
自分が生涯尊敬し、敬愛して尽くしてきた人の危機。自分の命もプライドも顧みず、仕事を通じてその人を守ろうとしているのに、仲間が誰一人自分の思いを理解してくれない。そんな状況に追い込まれたとき、本当に一生懸命やってきた人だからこそ、「夢を叶え続ける責任」というセリフが出てきたのでしょう。そして、そこまで追い込まれたからこそ、周りの人に愛され支えられて今自分はここにいるのだ、という事実に気付いたのでしょう。
自分を支えてくれた人に胸を張って「やれるだけのことはやった」と言えるなんて、確かにあこがれます。
その思いを何十年も持ち続けた秋山さんのプロ意識に、生きた時代は違えども感服しました。
現在、仕事で本当に自分の生命ををかける場面はないかもしれません。でも、いつか働けなくなったときに、せめて自分に「私は全力を尽くした。精一杯やった」と思えるように、家族や友人に「よく頑張った。誇りに思う。」と言ってもらえるようになりたいです。
幸いなことに、仕事にも、人にも恵まれている私。
夢を叶えられるように、叶え続けることができるように、頑張ろうと思いました。